はじめに

いま、多くの企業が業務効率化のために生成AIの導入を進めています。その一方で、攻撃する側のAI活用も、現実の脅威になってきています。
LevelBlueが世界12か国・1,500名のCIOらを対象に行った調査「ペルソナスポットライト:CIO」では、72%が「AIを活用したセキュリティツールは不可欠」と答えました。ところが、AI攻撃への防御が「極めて効果的にできている」と答えたCIOは、20%にとどまっています。*1必要性は分かっていても、守りが追いついていない。そんな実情がうかがえます。
国内に目を向けても、IPAの「情報セキュリティ10大脅威 2026」で「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が初めて選出され、いきなり3位に入りました*2。
さらに、Claude Mythosの登場が象徴するように、高度な専門知識がなくても、AIの助けを借りれば脆弱性を見つけ、悪用にまで近づけてしまう。AIを使った攻撃は、これまでかかっていた時間そのものを、一気に押し縮めようとしています。
このシリーズでは、生成AIの利用によってどのような変化が起き、それに対してアーキテクチャをどう変えていく必要があるのかについて考えることをテーマにします。業界動向や各ベンダー・リサーチ会社の見解、公的なガイドラインを突き合わせながら、2030年に向けて「守り方をどう作り直すか」を書いていく予定です。

なぜ「作り直し」が必要なのか

ここ最近の変化は、大きく2つに分けて捉えると整理しやすいと思っています。ひとつは「攻撃側が変わった」こと。もうひとつは「守る対象が変わった」ことです。

1: 人間の認知スピードを凌駕する AI 攻撃

AIが攻撃に使われ得ることが明らかになり、攻撃の前提が変わりつつあります。
もともと攻撃と防御の間には、非対称性がありました。攻撃側はどこか一点を破れれば勝ち、狙う相手も時期も自由に選べる。一方で守る側は、自社のすべてを、ずっと守り続けないと負ける。この差が、攻撃側がAIで「広く・速く・自律的に」動けるようになったことで、さらに開きつつあります。
特に人間の認知力の限界を超えてしまう点が重要です。ご承知のとおり、AIを使った攻撃は桁違いの速さで進行します。AIを使えば、システムの脆弱性を探して、実用的な攻撃コードの生成・実行までを数分単位で進められるケースが出てきます。防御側が事象の把握を行なっている間に、攻撃はすでに終わっている。この圧倒的な速度が、これからの大きな脅威です。
そのため、防御側もAIを使うことが前提になりますが、上述の非対称性が消えるわけではありません。攻撃側はどこか一点を狙えば足りるのに対し、防御側は自社のすべてを守り続けなければならない。この構図は、AI vs AIの時代になっても変わりません。

2: 守る対象が人からAIエージェントへ広がる

もう一つの変化が、AIエージェントの登場です。
これまでセキュリティは、基本的に「人」と「人が使う端末・アプリ」を守る前提で組まれてきました。ところがAIエージェントが業務に入り込んでくると、自分で判断し、APIを叩き、データにアクセスし、ほかのツールを呼び出すことになります。人間ではない”主体”が、業務の中で動き始めます。守るべき対象が、「人」から、「AIエージェント」へと広がっていきます。


従来のアーキテクチャでは、どこが足りないのか

この2つの変化は、別々のものに見えますが、AIエージェントをどう取り扱うか、という点に帰結します。攻撃の高速化(変化1)に対しては、防御用のAIエージェントを使って対抗することになります。そうすると今度は「その防御エージェント自身をどう扱うか」という問題が出てきます。結局のところ、変化1も変化2も、「AIエージェントという新しい主体を、どう統制するか」という同じ問いに行き着きます。
そして、今のセキュリティの枠組みでは、この新しい主体をうまく扱えません。
近年のセキュリティアーキテクチャの中心にあるのは、「何も信頼せず、アクセスのたびに本人を確認し、必要最小限の権限だけを与える」というゼロトラストの考え方です。社内ネットワークの内か外かではなく、誰がアクセスしているかを軸に据える。これがここ数年の標準アーキテクチャでした。
ただ、このゼロトラストは「人」を前提に組まれています。そこにAIエージェントが主体として加わると、役割が頻繁に変わり、コンテキストごとに振る舞いが変わり、数が多すぎて一つずつ管理しきれないなど、従来のゼロトラストが想定していなかった条件が、次々と出てきます。
言いかえると、ゼロトラストが答えるべき「問い」そのものが変わってきます。


「誰がアクセスしているか」を確認すれば済んでいた世界から、「この主体は何をしようとしていて、どこまで自律的に動かせるのか」まで踏み込んで問う世界へ、制御すべき対象が一段深くなるイメージです。
そして、この「ゼロトラストを作り直す」という方向は、すでに世界でも動き始めています。たとえばAnthropicは、AIエージェントを企業で安全に動かすための枠組みとして「Zero Trust for AI agents」を公開し、エージェント時代に合わせて作り直したゼロトラストの形を示しています*3。

次回以降について

再掲になりますが、本ブログはシリーズとして、2030年に向けて企業の守り方はどう変わるのかをテーマに書いていきます。
次回からは、「現在のセキュリティでは対応しきれない具体的な問題」——プロンプトインジェクション、AIエージェントの過剰な権限、データの過剰共有とRAGなどを、AIセキュリティに関する各種ガイドラインやレポートも手がかりにしながら、整理していきます。
その先に、「人間を前提に作られてきたゼロトラストが、AIエージェントの時代にどう作り直されるのか」、そして「2030年のセキュリティアーキテクチャはどうあるべきか」というところへ、少しずつ近づいていければと思っています。

参照:
*1 LevelBlue「ペルソナ スポットライト:CIO(最高情報責任者)」https://www.cybereason.co.jp/news/press-release/14098/
*2 IPA(独立行政法人情報処理推進機構)「情報セキュリティ10大脅威2026」
https://www.ipa.go.jp/security/10threats/10threats2026.html
*3 Anthropic「Zero Trust for AI agents」
https://claude.com/blog/zero-trust-for-ai-agents